大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和47年(ワ)165号 判決

原告 三浦昇二郎

右訴訟代理人弁護士 阿部正一

被告 若狭金太郎

被告 佐々木金市郎

右被告ら訴訟代理人弁護士 金野繁

右訴訟復代理人弁護士 金野和子

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告)

1  原告に対し、被告若狭金太郎は別紙第一目録記載の農地(以下「第一の土地」という。)につき、被告佐々木市郎金は別紙第二目録記載の農地(以下「第二の土地」という。)につき、それぞれ訴外野口武三郎から原告に対する所有権移転を承認しなければならない。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

(被告ら)

主文同旨。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  訴外野口武三郎は第一および第二の土地を所有し、第一の土地を被告若狭に、第二の土地を被告佐々木に賃貸し、被告らはそれぞれ右各土地を耕作している。

二  野口は、昭和二七年一二月ころ、被告若狭に対し第一の土地の、被告佐々木に対し第二の土地の各買取りを要請したが、拒否された。

三  そこで、原告の実父である訴外亡三浦為助は、右土地の隣接地に工場を有していた関係から農地法第五条による許可を得たうえでこれを工場敷地として使用する目的で、そのころ野口から右土地を買い受けることを約し、同月一一日野口に対し右売買代金二五万円全額を支払った。

四  そして、三浦為助は、そのころ、被告らに対し、それぞれ代替地等を提供するから右各土地を工場敷地として使用することに協力してほしい旨懇請したが、拒絶された。

五  原告は、昭和四〇年四月二一日、三浦為助から、同人と野口間の前記売買契約上の買主たる地位の譲渡を受けた。

六  そして、原告は、別紙第三目録記載の農地(以下「第三の土地」という。)を所有し、これと本件各土地とを合算した面積は法定の農地所有の下限面積である五反歩をこえ、かつ、その上限面積の範囲内である。原告は、本件各土地を引続き被告らにそれぞれ賃貸する予定であるが、もし被告らが賃借権を放棄する場合には、原告みずからこれを自作する能力を有している。

これに対し、本件各土地は市街化区域に指定された土地であり、その一部はすでに道路予定地として指定されたため、その地域は被告らも昭和四六年度から作付けをしていない。

また、被告若狭は、昭和三八年一月五日から昭和四六年九月四日までの間にその所有にかかる本件係争地付近の農地七反歩余を、被告佐々木は昭和四〇年八月四日にその所有にかかる農地一反歩余をそれぞれ第三者に売却しており、いずれも真実農業を経営する意思を有していない。

そこで、原告は、前記売買契約に基づく野口から原告への本件各土地の所有権移転につき農地法第三条の許可申請手続をするため、当裁判所に農事調停を申し立てたが、被告らの同意を得られず不調に終わった。

七  ところで、農地法第三条第二項第一号によれば、農地所有者が小作地を売却しようとするときは、その小作地の小作農に売り渡すべきことを原則とし、小作農がその買受けを拒否した場合には、例外的に、従前の耕作関係をそのまま維持し小作農になんらの不利益を与えないことを条件として小作農以外の農地取得適格者にこれを売り渡すことができるものとしている。

そして、これを本件についてみると、野口は小作農である被告らに本件各土地の買受けを拒否されたのであり、また、賃貸人が野口から原告に交替したとしても、原告は被告らに従前どおり右各土地を賃貸する予定であるから、被告らになんらの不利益を与えるものではないし、かつ、原告は法定農地取得適格を有するから、被告らは野口から原告への本件各土地の所有権移転に同意すべき義務がある。しかるに、被告らがこれに同意しないのは権利の濫用であって許されない。

よって、原告は、被告らに対し、農地法第三条第二項第一項かっこ書きの規定に基づき、野口から原告への本件各土地の所有権移転に同意するよう求める。

≪以下事実省略≫

理由

原告は、本件各土地は原告の先代三浦為助が昭和二七年一二月ころ野口武三郎から買い受けることを約し、原告が昭和四〇年四月二一日三浦為助から右売買契約上の買主たる地位の譲渡を受けたものであるところ、小作農である被告らが右売買契約に基づく野口から原告への本件各土地所有権の移転に同意しないので、農地法第三条第二項第一号かっこ書きの規定に基づき被告らに対し右同意を求める旨主張する。

しかしながら、農地法第三条第二項第一号のかっこ書きは農地法の一部を改正する法律(昭和四五年法律第五六号。以下「改正法」という。)によって追加そう入された規定である。すなわち、右改正法による改正前の農地法(以下「旧法」という。)においては、「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護」するという自作農主義の大原則を目的として掲げ(第一条)、農地の権利移動に関し小作地については小作農およびその世帯員ならびにその土地について耕作の事業を行なっている農業生産法人(以下これらの者を「小作農等」という。)以外の者が所有権を取得することを許可しないものとし(第三条第二項第一号)、自作農主義の原則を貫徹しようとしていたが、右改正法による改正後の農地法(以下「新法」という。)においては、右自作農主義と並んで「土地の農業上の効率的な利用を図る」ことが同法の目的に加えられ、これとともに、小作地の小作農等以外の者への所有権移転の制限を緩和するため第三条第二項第一号にかっこ書きが追加そう入されたのである。そして、右かっこ書きによれば、小作農等が小作農等以外の者に対し所有権を移転することにつきその許可の申請前六か月以内に同意した小作地でその同意した旨が書面において明らかなものについては、その小作農等以外の者が所有権を取得することを許可しうるものとしている。これは、旧法下においては、農地所有者が小作地の所有権を譲渡しようとする場合、小作農等がその買受けを希望しないときは国に申し出て買収してもらう以外に方法がなかった(第一六条)のであるが、小作農等がみずから買い受けることを希望せず、かつ小作農等以外の者への所有権移転に積極的に同意しているときには、小作農等以外の者への所有権移転を許可したとしても、耕作者である小作農等に不利益を与えるものとも考えられず、ときにはそれが土地の農業上の効率的な利用に資する場合も考えられるので、新法の掲げる前記両目的を調和させるという見地から、右のように小作農等の同意が明らかな場合には小作農等以外の者への所有権移転をも許可することにしたものと解されるのである。もっとも、この場合、小作農等がその土地の耕作をやめるならばともかく、引続き耕作を継続するときは新所有者はその土地を耕作することができないのであるから、土地の農業上の効率的な利用を図るという新法の第二の目的に現実にどれだけ資するかは疑問がある。そして、以上のような諸点と右かっこ書きの規定に基づく小作農等の書面による同意がある場合の小作農等以外の者への小作地の所有権移転の許可が同法の他の一つの目的である自作農主義に対する例外である点を考慮すれば、右かっこ書きの規定はみだりに拡張して解釈されるべきではなく、小作農等がその自由意思によって所有権の移転に同意し、かつ、その同意した旨が書面によって明らかにされている場合にのみその適用があるものと解すべく、小作農等が任意に同意しない場合に訴訟によってその同意を訴求しうる趣旨のものとはとうてい解されない。そして、このように解したからといって、小作地の所有者は、旧法におけると同様国に申し出て買収してもらうことができるのであるからとくに不利益はなく、また、土地の農業上の効率的な利用を図るという新法の第二の目的の現実を妨げるものといえないことも前述したところから明らかである。ことに、訴訟によって同意を訴求しなければならないような場合には、仮にそれが認容されたとしても、小作農等が当該小作地の耕作を継続してゆくことがほとんどであろうから、新所有者による土地の農業上の効率的な利用ということはほとんど期待できない。

このようにみてくると、新法第三条第二項第一号かっこ書きの規定に基づき野口から原告への本件各土地の所有権移転につき小作農である被告らの同意を訴求する原告の本件請求は、その事実関係について審究するまでもなく、主張自体失当として棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井健吾)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例